『リアル〜完全なる首長竜の日〜』


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ここ最近で観たDVDの感想をしばらく書いていこうと思っていたのですが、昨日なんとなくふらっとこの映画を観に行ったので、まずはこちらについて書きます…。

黒沢清監督の作品は、だいぶ前に『アカルイミライ』を観たことがあるくらいで、その時はまだ監督が誰かということに着目していなかったころで、作家性などは僕は全く知りません。最近になって、『回路』や『CURE』の良い評判をよく聞くから観てみたいなーとか思っていたくらいです。

で、今作をなぜ観に行ったかというと、まずは予告編を観て面白そうだったからです。人の精神の中にはいってその人を助ける!なんてSFは、『ミッション:8ミニッツ』とかが大好きな僕としてはたまらなく好物なのです。この設定を、今の日本映画でどこまで面白く観せてくれるんだろう?という期待が高まりました。

次に、好事家たちの間での評判が良い事。金欠状態が続く僕としては、ある程度石橋は叩いて渡りたいところがありまして、劇場に見に行く前にある程度下調べしてから行くようにしてます(不本意ながら!)。中でも、映画監督の松江哲明さんが、WOWOWの「濃厚!シネマトーク」のスピルバーグ特集で、一番好きなスピルバーグ作品に『ミュンヘン』と『宇宙戦争』を挙げた松江哲明さんが、ツイッターで太鼓判を押していたのが決定的で、これは観に行くしかねぇ!となり、映画館に飛び込んだのです。

しかしながら…久しぶりに映画館で「早く終わってくれ」と本気で願ったほど、特に後半が苦痛な映画でした…。

序盤は、正直かなり楽しんでいました。床に横たわる死体が画面に映りこんだ瞬間ギャー!!と叫びそうなほどビビリまして、この種のJホラー的演出を映画館で体験するのが初めてで、画面に映るものや音などすべてが不穏でどこをどう観ても怖くてたまりませんでした。で、怖いながらもこれがなかなか楽しい、と思えていたりしまして…まあ、ガラガラの劇場の中で、「こういう映画は人とリアクションを共有したい」という思いから、埋まってた席の2つ隣に席をとり、たまたまそれが若い女の人だった、ってことでテンション上がっていたこともかなりでかいと思います。死体が映った瞬間、後ろの席のカップルの女の人が声にならない悲鳴みたいなものを上げていたのもまた良くてですね…。そんなわけで、怖い!!やめて!!でももっと来い!!みたいな感じで楽しんでいたのが序盤です。が、最初の死体がピークだったかな、と…。人形人間、ゾンビなどなど出て来ましたが、全部最初のショックを下回ってたんですよね。ギャ…あれっ?って感じで拍子抜けするような。

で、話が進むに連れてホラー的要素がどんどん無くなってくる。それはいいんです、そういう映画ではないことはわかっていたし、勝手にもっと怖がらせて欲しいと思っただけなので。ただ、「佐藤健が自殺未遂で昏睡状態の綾瀬はるかを助けるためにその精神に入っていたかと思えば、実は昏睡状態なのは佐藤健だった」ということが判明した辺りから一気に話がつまらなくなって…。この手の、「相手が○○だったかと思えばそれは自分だった」ってもう使い古された手法で、手垢がつきまくってると思うんですよ。それもこの「意識下へダイブ!」なんて話だったら、現実と非現実の見境がつかなくなることとか容易に想像できるわけですし、この展開に何のショックも受けません。が、これがオチなわけではないのが救い。そこからは綾瀬はるか中心で話が進むわけですが、ひたすら退屈なんですよねーこれが…。1つ理由をつけるなら、今度は綾瀬はるかが、佐藤健を助けるためにセーシング(相手の意識下に入り込む技術)を繰り返していくわけですが、結局「何をどうすれば佐藤健は救われるのか」がいまいちピンとこないんです。やたら出てくる、少年らしい少年(怖くないという意味で)、「完璧に描けた」首長竜の絵、などなどキーになりそうなものが転がっていて、まあそれらが結局佐藤健のトラウマになっていて―て感じで話が収束するんですが、観ている間「楽しくない」んですよ。正直目の前で自分をいじめていた奴がほぼ自業自得的に死んだからといって、罪悪感は芽生えどそれほどのトラウマになるってのもなかなか納得しづらいし。

最後、久しぶりにサービスシーンが、首長竜登場&大暴れシーンがあるんですが、ここはすっごく微妙でした。佐藤健をどこかに突き飛ばしては、綾瀬はるかが駆け寄って、っていうのは数回繰り返すとこはどういう気持ちで観たらいいんだ??って感じで、笑ってしまいました。そういう意味では面白かったですが、パニックものにいまいちなり切れてない、残念な感じ。綾瀬はるかの「これ(手作りネックレス)が欲しいんでしょ!これはあなたにプレゼントするから、だからあっち行ってよ!」って言い草もひどいし、それで解決するのもなんだかな、だし。

でも、一番観ててきついのは「嘘くさい、胡散臭い演技」ですよ。日本映画じゃ「僕は君を助けるために悪戦苦闘してた」とかいう台詞は浮いてるし気持ち悪いんですよ。いろんな人が指摘してますが、セーシング後、「成功だ」って周りにいる医者?たちが拍手するのも古い。中谷美紀のミステリー感もくどいし古い。後半、実は自分が助けられる側だったと気づいた後の佐藤健の気が抜けたような喋り方も作ってる感満々で嫌だ。オダギリジョー染谷将太たちの会話も不自然。
で、これらの不自然さは、佐藤健の精神の中、あるいは夢の中だったから、という解釈もあるようです。が、もしそういった意図での演出だったとしても、それが活きるような土台が日本映画にはまだできていないと思うんですよ…!嘘くさい演技は「邦画大作」には山とあるわけで。単にまたか、とイライラしてしまいました。

黒沢清監督にはコアなファンがいるでしょうし、その方たちみたいに僕は作家性など全く理解していないのもあるでしょうが、この作品はなかなか観ていて苦痛でした。『回路』早く観たい!終わり!

(追記)
あ、1箇所個人的にすごく好きだった部分があったのを思い出しました(他にもあるような気がするけど、中盤からは苦痛だったのでほとんど悪印象しか残っていないのもあります)。佐藤健がセーシングしている前半、綾瀬はるかが暴走しはじめて、イヤーな感じでセーシングが切れて、ガバッと目覚めたときにセーシングの機械にぶつかるところ。笑 あの機械にかけられて、あんな形で目覚めたらガシャーンてなりそうじゃないですか。ちょっとコミカルでもあったし、なんかあのシーンが好きでした。