『選挙』


★★★★

想田和弘監督の観察映画第1弾。「観察映画」というのは、ナレーションによる説明や音楽など、一切の装飾を排した想田監督の生み出したドキュメンタリー手法です。というわけで、通常のドキュメンタリーと違って何かを訴えるものではなく、こちらに自由に解釈させるものであって、こちらの「観察力」を常に必要とするためになかなか体力を使うタイプの映画でもあります。…と思っていたのですが、『選挙』に関しては割と見やすかった印象。

『選挙』では川崎市議会議員選挙の補欠選挙に出馬することになった、山内和彦さんの選挙活動を追っていきます。面白いのは、彼は実は政治に関して全くの素人で、しかも川崎市は縁もゆかりもないないのに、ひょんなことで自民党公認の候補者となった、というところです。彼が素人であるというところがポイントで、観てる僕たちが彼の身にもなれるし、選挙の世界にとても入りやすくなっていると思います。よく許可とれたな〜と思ったのですが、山内さんは想田監督の大学時代の同級生だったそうで。なるほど、いや、それでも周りがよく許したなーと思わずにはいられないほど、生々しい選挙活動の現場が見られます。

山内さんの場合、政治の経験も知識もないということで、地元の自民党サイドの政治家たちに徹底的に指導され、山内さんさんいわく「何をしても怒られるし、何をしなくても怒られる」、それくらい常に山内さんの行動を監視する目が光っています。道端に立って、手を振り名前を叫ぶ山内さんの行動は、目の前の有権者の人たちではなく、後ろで見ている自民党サイドの国会議員や市議会議員に向けてのパフォーマンスになっています。徹底したドブ板選挙を行う山内さんは、地域の運動会や祭りなどにも参加するのですが、中でも幼稚園が面白い。ここでは山内さんではなく別の候補者が壇上に立って話すのですが、目の前にいるのは幼稚園児たち。運動会が行われていて、もちろん保護者たちも多く来ているのですが、それでも幼稚園児たちの前で長々と選挙演説をする様子は大変シュール、というかはっきり言ってバカバカしい。

途中、道端でちいさい子どもを連れたお母さんにマニフェストについて尋ねられるシーンがあるのですが、山内さんはここであやふやな返答をしてしまいます。疲れも大変に溜まっているのだとは思いますが、このドキュメンタリー全体を通しても彼のマニフェストに触れられることはほとんどありません。事務所内でもその話が出てこないわけですから、マニフェストのことなんて本人たちは大して考えてもいない、とにかく名前だけ言って当選すれば良い、ということなんだと思われます。しかも結局山内さんは、辛勝ながらも当選してしまう。確かに良さそうな人柄ではあるけど、政治の経験も知識もなく、マニフェストすらあやふやな山内さんが当選するところに、一体何を見て票を入れているのか、と考えさせられます。恐らく「とりあえず自民党」なんだろうなと思いますが。

山内さんには奥さんがいて、途中から奥さんも仕事を休んで選挙活動を手伝うのですが、投票日に向けて彼女の様子がどんどん変わっていきます。途中、「本当に夫を当選させたいのならば仕事は辞めるべきだ」と事務所の人に言われたことに対して、車の中で山内さんに「あんたたちは金持ちだからそういうことができるかもしれないけどさぁ、うちらはだめだったらお終いだよ」とグチを言うシーンがあるのですが、本当に同情せざるを得ません。最後、山内さんが当選したとき、事務所で恒例の万歳をやるのですが(ここで山内さんに向けてされるあいさつが本当にただの脅迫)、奥さんは暗い顔をして、力ない万歳をしています。もうここにこのドキュメンタリーのすべてが集約されているような気がします。

他にも到底まともな人間にできるものではなく、平気で嘘をつけるような人種がやっぱり向いているんだろうな、とかとか。他の方の感想を見ると「笑える」ということばをちょこちょこと目にするのですが、僕は笑うに笑えませんでした。こんなことやってたらそりゃ日本ダメになるわ、そう思わずにはいられないドキュメンタリーでした。

Peace [DVD]

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次の観察映画はこれを観たいと思っています。