『天使の分け前』



★★★★☆

スコッチウイスキーの故郷スコットランド。育った環境のせいでケンカ沙汰の絶えない若者ロビーは、恋人レオニーと生まれてくる赤ん坊のために人生を立て直したいが、まともな職も家もない。またもトラブルを起こし、刑務所送りの代わりに社会奉仕活動を命じられたロビーは、現場の指導者でありウイスキー愛好家であるハリーと、3人の仲間たちと出会う。ハリーにウイスキーの奥深さを教わったロビーは、これまで眠っていた“テイスティング”の才能に目覚め始める。(公式サイトより)
ついこの前観た『ぼくたちの奉仕活動』と似ているようで似ていませんが、予告を観て、町山智浩さんのたまむすびでの紹介を聞いて、公開を心待ちにしていた映画です。”「社会のクズ」と思われているようなダメ人間が幸せを掴むために奮闘して人生を逆転していく話”は大好物なのです。『天使の分け前』っていうタイトル(原題は"Angel's Share"、直訳が邦題としてしっくりくるものですね)も惹かれるものがあります。あらゆるところで触れられているので意味をここで書く必要はないと思いますが、まーあんた上手いこと言うね!憎い!おしゃれ!みたいな感じです。(意味不明)
ケン・ローチ監督の映画は今回が初鑑賞で、どういう味わいなのかも楽しみに観にいったところ…
失業率が非常に高いグラスゴーの抱える社会問題を扱いつつもコメディ映画に仕上がっていて最後はほろっと泣けちゃうような、またしても、なんとも言えない心地良い余韻を感じながら映画館を後にできる、笑って泣ける素晴らしい映画でした。なんですが、期待通り!というわけではなくて後半は予告やあらすじや紹介などで想像するストーリー展開とは違ったものでした。「テイスティングの才能に目覚めていく」というフレーズはちょっとだけミスリードのような気がします。ですが、ウイスキーはしっかり物語に関わってますし、蒸留所を見学してウイスキーの作り方を聞くシーンなどもあります。オープニングから軽く笑えて、エンディングまで終始観入ってしまうほど見やすいですし、この映画に興味を持った方はぜひとも映画館に足を運んでいただきたいです。

(ここからネタバレありの感想)

あらすじで想像するのは、ロビーがウイスキーテイスティングの才能に目覚め、それを駆使して自分の置かれた状況を打破していく、というようなものかと思うんですが、彼は社会奉仕活動の場で出会った仲間たちと組んで、100万ポンド(1億4000万円)という超高値が予想されるモルト・ミルというウイスキーの樽を盗んで売ることを計画する。オークションにかけられる前に瓶4本分を盗みそれを金持ちに売ってお金を得ようとするんです。全然更生してないよこいつら!仲間はその計画を聞いても気が向かない様子なのですが、ロビーは「ばれなきゃ大丈夫だ」って懲りてないじゃんお前!って言いたくなる。
なんですが、この後「誰も損をしない」展開になっていくんですね。最終的に落札した大金持ちは舌が肥えておらず安物が混ぜられた高級ウイスキーを飲んで「極上の味だ」と。ロビーはウイスキーテイスティング会で知り合った業界の人間に、10万ポンドで瓶を譲る。10万ポンドを仲間4人で分け、ロビーは別の街にある蒸留所に職を得て、新車を買って奥さんと息子とレッツゴー!めでたしめでたし!

書いていてこの終わり方でいいのかと少し疑問が湧いて来ましたが、やっぱり良い映画だったなという気持ちは変わりません。
前半で主に描かれるのは、ロビーの置かれた重い状況。彼は暴力沙汰でたびたび警察の世話になっており、一度大学生に難癖をつけて集団でボコボコに殴って網膜剥離などの重傷を負わせ、刑務所に服役もしています。この被害者やその家族たちと対面するシーンは、ロビーが暴力はもう懲り懲りだとと心から願い、なんとか現状を打破しようとしていくことに繋がっていきます。
しかし、暴力沙汰を起こすのはただ彼個人の問題かといえばそうではなく、ロビーの家系と絶えず対立関係にある家系があって、ロビーが暴力から遠ざかろうとしても、彼らが追ってきて揉め事を起こす。『ビハインド・ザ・サン』で描かれていたような伝統的に続けられる家系間の争いのようなものらしく、もはや動機も失ってただ報復が延々と続いていく止められない暴力の連鎖がある。この映画はここに直接の解答を出さず、彼らから距離的に遠ざかることで終わりを見せていますが、僕はこれを肯定的に捉えています。
何も彼らと和解してやっていくことだけが正解なのではないと。そこから逃げればいいんだよ!という、これ以上なく前向きで現実的な「ロビーが幸せになるため」の方法だと思いました。

こんな感じで、この映画でケン・ローチ監督は貧困層の置かれた苦しい社会状況に対して、すごく柔らかい視線でみた、状況が良くなるような提案をしているんじゃないかと。少し力を抜いたやり方もあるんだよ、と。確かに非現実的だ!とかそれ以前に犯罪だろ!とか突っ込まれそうな話ですが、僕はとても柔らかい優しさを感じました。安物入のモルト・ミルを買った大金持ちや他の人達はその真実を知ることはないのだし、本当に「誰も損をしていない」どころか1人の若者が救われたんだ!あとの3人は飲みにいくとか言ってたけど彼らにもチャンスが与えられたんだ!だから良いじゃないか、って。まあバレなかったから良かったものの、といったらそれまでなんですが、「まあまあガチガチにならないで肩の力抜いていこうよ」、そのくらいのゆるさはあってもいいのかな、と思えます。

それと、良かったシーンについて。ロビーたちは瓶4本の超高級ウイスキーを持って帰ってくるんですが、道中2本割ってしまう。2本で10万ポンドかーと思いきや、1本だけ売ったのだと。最後の一本は、自分をウイスキーに引きあわせてくれたハリーのもとに。添えられた紙には「モルト・ミルの天使の分け前
僕がこの映画が結果的に大好きだと思えたのはこのシーンがあったからだといっても過言ではありません!ハリーは何かとロビーの面倒を見てくれたり、自分の休日にロビーたちを蒸留所の見学に連れて行ったりと、聖人のような良い人で、なによりもウイスキーと自分を引きあわせてくれた人、そんな彼にちゃんとお礼をするこの展開、そして「天使の分け前」の出し方、本当に素晴らしい!心が震えて思わず泣いてしまいました。と、書いていてまたこの映画が好きになってきました。間違いなく上半期ベスト10には入るでしょう。


昨日公開されたばかりのこの映画、「最初の土日で今後が決まる」と言われているようなので早いうちに行けて良かったです。この手の映画を普段観るときよりもお客さんも多かったし。映画館でみんなで笑ったり、瓶割っちゃったところで息を呑んだり、グッときたりするのはやっぱり最高の体験ですね。それはそうとウイスキー飲みたくなってきた!


原題:The Angel's Share(2012/イギリス)
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ
製作:レベッカ・オブライエン
撮影:ロビー・ライアン
編集:ジョナサン・モリス
出演:ポール・ブラニンガン、ジョン・ヘンショウ、ガリー・メイトランド、ジャスミン・リギンズ、ウィリアム・ルアン、ロジャー・アラム、デヴィッド・グッドール、シボーン・ライリー、フォード・キアーナン
(鑑賞:2013/04/14 ユナイテッド・シネマ キャナルシティ