『シュガーマン 奇跡に愛された男』



★★★☆

1960年代後期のアメリカ、ミシガン州デトロイトにいたアーティスト、ロドリゲス。地元のバーやクラブで演奏しているうちにプロデューサーの目に留まり、70年に『Cold Fact』、翌年に『Coming from Reality』をサセックス・レコーズからリリースする。その音楽性からボブ・ディランと比較されレーベルの期待もあったが、アルバムはまったく売れず、契約を解除されたロドリゲスは音楽シーンから姿を消してしまう。
ところが70年代中期、南アフリカで彼の音楽が一大ムーブメントを巻き起こし、アルバムの売上枚数は50万枚以上と驚異的な数字を記録、ロドリゲスはビートルズプレスリー以上の大物アーティストと認知されていた。彼の美しいメロディと反体制的な歌詞に反アパルトヘイト闘争が加熱する南アフリカの若者たちが共鳴していたのだ。
90年代に入り、南アフリカの熱狂的なロドリゲスのファン2人は、一切情報がないこのロドリゲスの死亡説(「ステージ上で銃で頭を撃ち死んだ」「ステージ上で焼身自殺」)が本当なのか、印税(南アフリカで爆発的に売れたアルバムの売り上げがどこに流れているのか)、調査を開始する。そして、情報提供を求めるウェブサイトを設けたところ、彼らは衝撃の真実に直面する。(公式サイトより)
初のドキュメンタリー映画劇場鑑賞をしてきました。この種のドキュメンタリーは映画館で観るとより良いですね。お客さんの反応が若干乏しかったような気がしましたけども。

序盤の、ロドリゲスのアルバムはアメリカではこんな感じで〜、でも南アフリカではこんなにも〜みたいな部分は、正直いってあらすじや予告編を観ればわかることだしそのくだりが結構長いわで、退屈に感じられて睡魔と格闘するはめになったのですが、「印税」の流れを追うことにしたっていうところから一気に物語が走り始め、眠気は失せて画面に釘付けになりました。ここで出てくるサセックス・レコーズのオーナー?が「印税の話と、お前と、どういう関係がある?」って顔を近づけて言ってくるシーン、怖かった。彼の「黒い」感じ(肌の色ではなく)、『BECK』のレオン・サイクスをちょっと思い出してしまいました。

話は飛んで中盤、立ち上げたウェブサイトにロドリゲスの実の娘からコンタクトが!ここでロドリゲスが家の窓から登場。おお…あいつだ!と少し心が動く。ここから、主に彼の周囲の人物たちに話を聞いてロドリゲスの人物像を浮き彫りにしていくのですが、これがまたすごい人で。音楽業を引退した後は、ビルの解体・修理をするという苛酷な肉体労働をやっていて、丁寧でしっかりした仕事をするが、現場にはタキシードで赴くと。3人いる娘たちは、よく図書館や美術館や博物館に連れて行かれ、貧乏な暮らしを送っているけど心は豊かだったと口を揃えて言ってました。奥さんの話に一切触れられない辺りも不思議な様子。ロドリゲスの、変わっているけど俗っぽくなく、真摯で真面目な人柄で、「普通の人間」を卓越したような存在であることがわかってきます。

またまた話は飛んで終盤、ロドリゲスがいよいよ南アフリカにやってきてツアーを開催!飛行機を降りると、2台のリムジンが目の前に。娘は「VIPの人の邪魔にならないように」と避けようとしたが、それは、ロドリゲスたちを待っていたのだ!さらにそこへ歓迎する人びとやマスコミが集まってきた。ここでもううるっときました。いきなりこんな待遇を受けたら、テンションが上がって我を失って調子に乗ったり、あるいは今までとのあまりのギャップに引いてしまったりするようなものなのに、ロドリゲスは落ち着いている。やっぱりどこか違う人だと改めて思わされます。ホテルもスイートのような立派な部屋で、正方形のベッドがあるにも関わらず、「清掃の人が大変だから」とソファーで丸まって寝る。ほんとにこんなに質素で謙虚なのか?と疑わしくなるほど。
そして、待ちに待ったロドリゲスのライブ。5000人以上のキャパシティがあるホールで行うのだと聞き、娘たちは本当に客が集まるのだろうかと不安げ。「20人くればいいほうなんじゃない?」とか言ってました。いよいよ、ライブ当日。会場には見渡す限りの人が…!!ここは圧巻のシーンでした。BGMなどは一切なく、数千人の観客たちのどよめきや歓声が絶え間なく聞こえていて熱いものが込み上げて来ました。同僚が後で写真を見せられてPhotoshopかと思ったぜ!」と言ってましたが、ほんとそう言いたくなるぐらい、アメリカで6枚しかアルバムが売れていないアーティストとはとても思えない観客たちの熱狂ぶり。ライトが落ちると5000人が一斉に歓声を上げる。ドラムがビートを刻み始める。歓声が大きくなる。ロドリゲスはまだ出てこない。そこにベースがのる。歓声はより一層大きくなる。そこにいよいよロドリゲスが登場。
「生きてたよ」
わーーーーーっ!!!!!最大の歓声が上がる!!それは10分以上も続き、ドラムとベースが一時演奏を止めるほど。目頭が熱くならざるを得ない、心も体も震えるシーン。このシーンでは流石に、ここまでは反応の薄かった僕たち観客の間に共有する何かが生まれたような気がしました。

そしてライブ後―
ロドリゲスはアメリカに戻った後また肉体労働者として仕事に復帰。アメリカじゃだめでも、南アフリカじゃこんなにファンがいるんだぜ!ってまた音楽業に復帰しそうなものですが、彼はそうしない。ほんとに欲を感じさせない人ですね。インタビューでも確かに他の人とは違う、でも柔らかいようなオーラが漂ってました。ほんとに人間らしくない。笑

と、ここまでほとんどただ映画の内容を追ってきただけの文章を書いて来ましたが、『シュガーマン』、非常に面白いドキュメンタリーでした。劇中、曲名が出てきてロドリゲスの曲が流れるシーンがすごく多くて、最初は正直若干鬱陶しかったんですが、中盤以降は、これも彼をアーティストとして応援するためなのだという意図を快く汲み取れるようになって、好意的に観れるようになりました。
「事実は小説よりも奇なり」をそのまま写したドキュメンタリーの1つでした。


原題:Searching for Sugar Man(2012/スウェーデン・イギリス)
監督:マリク・ベンジェシェール
製作:サイモン・チン
製作総指揮:ジョン・バドセック
音楽:ロドリゲス
(鑑賞:2013/04/20 KBCシネマ)